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自分の中に独自の辞書をつくる

かの有名なナポレオンは言いました。

余の辞書に不可能の文字はない

実際には、少し違うのではという議論(→ナポレオンの 吾輩の辞書に不可能はない ってアホな訳をしたのは... - Yahoo!知恵袋)があるようですが、私はこの言葉好きです。

私はネガティブなので「いやいや、不可能なことなんてありありでしょ」と思います。私が好きなのはその内容ではなく。「余の辞書」という部分です。

みなさんは自分の中に辞書をもっていますか?私は自分の中に辞書を持ちたいと常々思っています。

私の大大大好きな作家の米澤穂信さんの古典部シリーズ第3作『クドリャフカの順番』の中で、福部里志はこのようなことを言います。以下は伊原と里志の会話の場面です。

※「…」は中略、福、伊は私が勝手につけました。

 

福「国語の苦手なひと、かな」

伊「ふうん、赤点でも取ったの?」

「いいや、そういうんじゃなくてね。言葉の使い方がずっと間違ってるんだ」

福「自分に自信があるときは、期待なんて言葉を出しちゃあいけない

福「なんでも『広辞苑によれば』って書き出しは紋切り型の一つなんだっててね。じゃあ僕は、広辞苑にどう書いてあるかは知らないけど、と言おうかな。広辞苑にどうかいてあるかは知らないけどね、摩耶花。期待っていうのは、諦めから出る言葉なんだよ。

福「時間的にとか資力的にとか、能力的にとか、及ばない諦めが期待になるんだよ。ネルソンが英国は諸君がその義務を果たすことを期待するっていう旗を掲げたとき、ネルソンは自分一人でフランスに勝てるとは思っていなかった。期待ってのは、そうせざるを得ないどうしようもなさを含んでいなきゃどうにも空々しいよ。…」 

P.346,347

クドリャフカの順番 (角川文庫)

クドリャフカの順番 (角川文庫)

 赤い部分だけ引用すれば済む話なのですが、あまりに素敵なシーンなので長々と引用してしまいました。この作品は、4人の視点で描かれている作品であり、4人ともが主人公と言ってしまっていいぐらいです。

そして、福部里志を主人公として見た時に、彼の文化祭での物語は、この「期待」という漢字二文字とその裏にある「憧れと諦め」がテーマといって良いのでこの場面だけを読んで、この「期待」の言葉の重さは全然伝わらないので、ぜひよんで欲しいと思います。

この部分を引用して私が言いたかったのは、福部里志もとい米澤穂信さんは、自分の中に独自の辞書をもっているということです。

そのことは私なんかの何万倍もうまく、『折れた竜骨』(米澤穂信さん)の解説に森谷明子さんが書いてくれている。というか私も、この解説を読んで気づいた節もある。(森谷明子さんもクドリャフカとその他の作品の一節を引用している。)

※「…」は中略

…プロットの緻密さやキャラクターの造形の巧みさはもちろんなのだが、それ以上に感銘を受けたものがある。

…彼らは(つまり作者は)とにかく言葉遣いの細部にまで気を配っているのだ。

…米澤氏の作品に登場する人物の多くは、このように言葉をとことん吟味する。慎重に、臆病とさえ言えるほどに、正確に伝わっているかどうかに心を砕く。

…作者の言葉の使い方の細やかさと厳しさに、思わず襟を正したものだ。

…この作家は、体内に独自の辞書を持っているのだという印象が胸に刻み込まれた。そしてその辞書はとてつもなく分厚くて、大変に厳格で精緻で、言葉への切実な愛にあふれているのだろうと。

P.257,258

折れた竜骨 下 (創元推理文庫)

折れた竜骨 下 (創元推理文庫)

 もう一人、明らかに自分の中に辞書を持っているなという作家さんをあげたいと思います。それは伊坂幸太郎さんです。

 陽気なギャングシリーズ(これに関してだけシリーズと呼ばせていただく。)の中では、各話の前に辞書のようなものがついています。今回は第1作の『陽気なギャングが地球を回す』から引用します。

P.30,31

うちーあわせ【打ち合わせ】

①ぴったり合わせること。②前もって相談すること。③打楽器を演奏すること。④会社員の労働の大部分を占める作業。参加者の数に比例して時間がながくなる。声の大きい人が主導権を握る。有意義なものは稀、最終的には開始前の状態に戻ることも多い。

P.242

とびーいり【飛び入り】

仲間でない者が、不意に加入すること。また、その人。事前説明を行うと反対されることが明確な場合に、同意を得ずに堂々と参加してくること。「僕は君の人生に−参加した」

陽気なギャングが地球を回す (祥伝社文庫)

陽気なギャングが地球を回す (祥伝社文庫)

 

やや面白おかしく書いているとしても、この人も自分の中で言葉に対する独自の明確なイメージがあるのは間違いないように感じられますね。

 

文章を書く職業である作家は、誰もが当然自分の中に辞書を持っているのでしょう。

さらには、私は作家ではないすべての人も、やはりその人の好きな語彙があり、独自の辞書を持っているのだと思います。

 

私が、かつて好きになった女性がいました。女の人はよく「カワイイ」を連発します。別にそれ自体に私は批判的な気持ちは特にありません。しかし、私が好きになったその女性は、世の多くの女性が「カワイイ」という場面で、「素敵」という言葉を使う人でした。

私は、その女性から「素敵」という言葉が発せられる度に、あなたがそれに対して「素敵」という感性と、その「素敵」という語彙を選ぶあなたのその感性が「素敵」だよ!!!!!と心の中で叫んでいました。キモいですね。えぇ、当然ですが、その女性とは何もありませんでした。

その言葉に対する自分の明確なイメージはその人の言葉遣いにあらわれるものだと思います。素敵な言葉遣いをする人ほど厚い自分独自の辞書をもっているのだと思います。

 

私も常々、自分の中に自分の独自の辞書を作れるぐらいに言葉に対して誠実でいたいと思います。

 

辞書作りというと、2012年の本屋大賞を受賞した三浦しをんさんの『舟を編む』も大変素敵な本ですね。辞書と言葉について考えさせられます。 

 

舟を編む (光文社文庫)

舟を編む (光文社文庫)

 

 

 そして、面白いのがお笑い芸人でありながら、一橋大学の非常講師をしていたりサンキュータツオさん。国語辞書マニアな一面があります。私はTBSラジオの「安住紳一郎の日曜天国」でのお話が大変面白かったです。

 

私も自分の辞書を作りたいと思っています。だからこの記事は定期的に更新して私の辞書を載せてていきたいと思います。

 

三省堂『現代新国語辞典』第3版 参考

 

おこる

【怒る】<自動五段>

①感情的に任せて相手にあたる。いかる。

②これを行うことによって決して得をすることはない。短気は損気。「叱る」とは全く別の行為。

③客観的で論理的な視点を自己の内部に持つことで抑えることができる。

 

おとこ

【男】<名>

①体に男性器を持ち、身体が男性であるとともに、性自認が男性である人のこと。性別を切り取ったやや前時代的概念。子供を生むことができない。動物でいうとオス。一般的に筋肉量が女性よりも多い。

②だいたいバカ。

③女性よりも性犯罪の数が多い。性欲と愛情との結びつきが女性よりも薄い。

 

きたい

【期待】<名・他動サ変>

①時間的、資力的、能力的に自分が及ばないという諦めからでる言葉。

②自分に自信がある時には使ってはいけない。「今度の試合(僕が勝つだろうけど)君にーしてるよ」などは誤用。

 

ことば

【言葉】<名>

①音声や文字によって、意味[=考えや気持ち]を表現・伝達・理解する活動。またその音声や文字。

②人類最大の発明。しかし、これによって自分の考えていること思っていることが全てが伝わることは絶対にないということは覚えておかなければならない。

③人の心に治らない傷を与えかねない大変強力な兵器。かつてはその恐ろしさから言霊と恐れられた。だだし、人を傷つける汚い言葉と人を救う言葉では後者の威力の方が強力。

④類義語の言語といった時には、学術的に文法体系や話者や背景に文化などで分けたものを指す。言葉と言う時には幅広くゆるい概念。言語より日常に溶け込んでいてよく使われる。言語使いが悪いとは言わないのがその証拠。

➄これ(どちらかと言うと言語ということが多いが)により人間は世界を切り取っており、理解することが可能となる。

 

コミュニケーション能力

<名・自動サ変> [communi-cation]+能力<名>

①企業が今一番就活生に求めているもの。

②コミュニケーションという外来語をそのまま日本で使っているためイマイチその実態が掴めないもの。

③コミュニケーションの方法は実に様々であり、人によって全然違うので何がコミュニケーション能力かはわからない。

④コミュニケーションは、だいたいは信頼関係を前提とし、自分とは違う相手への思いやりによって成立する。決して仲のいい仲間内だけで面白おかしく楽しく盛り上がれる能力とは関係ない。人見知りで人と仲良くなるスピードが遅いということもコミュニケーション能力の高さとは関係ない。

 

しかる

【叱る】<他動詞五段>

①怒るとは別の行為。怒るが自動詞であり、相手を必要としないのに対し、叱るは叱る対象が必要な他動詞であることがその証拠。

②叱るとは強い言葉で相手を注意することだが、感情的であってはそれは怒るになってしまう。相手のことを考え、これからはその行動をとって欲しくないという強い思いから強い注意をするときに使う言葉。

 

じしょ

【辞書】<名>

①あなたが今読んでいるこれ。

②人類が作った素敵なものの一つ。

 

 ふつう・じょうしき

【普通・常識】<名・形動>

①その時代のその場所の人間の多数がそうだと思うことの集まり。結局は多数決のため偏見のことも多い。後の時代には変わることが多い。

②世間の多数の人が「当然だろ」という考えのもと押し付けがちな価値観。

③実はそんなものどこにもない。

 

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