勉強の意義

私は、昔からなぜ勉強しなければならないかについて考えることは重要だと思っていた。そして、私は父親からの影響から、いい大学に行けば、将来の職業の選択肢が広がるからと考えて来た。勉強は将来稼ぐため、自分のためと。

私を壊した私立高校も大学によって生涯年収が違うというデータを示し、いわゆるMARCH(M=明治、A=青山、R=立教、C=中央、H=法政)の大学以上にいかなければならないと力説した。

勉強しないと大変だ。将来どうするんだ。そういった脅しの理論で周りの大人は勉強を強いた。

でも、人間自分のためだけに努力するには限界があるし、続かないし、それでは幸せにはなれないのだ。

そして、手遅れなことに大学に入ってからなぜ勉強しなければならないのかがわかった。

私の出会った素敵な大人は、真剣で、真面目にこうはっきりと言ってのけた。

「勉強するのは誰かの役に立つ人間になるためです」

私はもっと若いうちにこういう大人に出会いたかった。そしてこのことをとっくの昔に説いている人がいた。それはかつてブログに書いたように福沢諭吉だ。

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生活のためにお金は必要だ。だから仕事が必要で学歴があったほうがいい。あるにこしたことはない。

でもそれだけではダメなのだ。

働くとはお金を稼ぐ行為であると同時にそれは社会貢献の一環でもあるのだ。働きながら人の役に立っているという実感を得られればそれは幸せだ。

そして、そんな仕事は長く続けられるのだろう。

そんなことを考えた1日であった。