SNSは魔物 私が思うSNSの嫌いなところと好きなところ

私は、SNSは使い方しだいであると思う。(何を当たり前のことを…)

そう、いつだって道具は使い方しだいだ。道具を使っているのか。道具に使われているのかわからなくなってしまってはダメだ。

しかし、意外と人間というのは道具に使われているのかもしれない。何もスマホやパソコンみたいな高度な道具になってから、人間が道具に使われているのではないかということではない。

例えば、筆を持って字を書こうという時に、人間はえんぴつとは違った動きを矯正されているという見方ができるのではないだろうか。このとき、人間は筆に使われているのかもしれない。

 

話が少し飛ぶかもしれないが、私の思うSNSの最大の嫌いなところは、それは自分よりも幸せな人生を送っている人の人生のモデルケースがたっっくさん見えてしまうことだ。私はものすごく落ち込んでしまう。(成功している人へのモデルケースへの嫉妬からか炎上なんてこともあるような気がする。それを見るとなんだか嫌な気分になる。)

ただ、実際にはSNSには自分の人生のいい部分を切り取って発信している部分が大いにあると思う。人間の承認欲求と見栄とそのた諸々の感情によって、自分のいい部分だけを見せる。SNSという道具の特性に使われている人間のすることが「インスタ映」みたいなことによーく表れているような気がしている。

いい人生をSNS上で演出して見せるために人間が行動するということだ。虚像を見せるために、承認を得るために。

もちろん、ありのままの自分をたくさん載せている人は、たっくさんいらっしゃるとは思うのだが…。この虚像の見せあいみたいなものがときたま嫌になるときがある。

 

SNSの嫌なところは書いたが、好きなところも書かなければなるまい。(この場合のSNSTwitterになるのだが、)私が思うのは、優秀な人間、有益な情報をつぶやく人間、高度なよくわからない人間、自分の興味のある好きなことをやる人間をフォローすることで、タイムラインが自分だけのカスタムメディアみたいにできることになることだと思う。またその人のリプライ蘭には当然反論や議論が起こっていて、自分とは反対の意見を知ることもできる。

これがとってもSNSの好きなところである。趣味垢と呼ばれるものを作ってネット上で趣味を共有して、仲間を作っている人もたくさんいるのもそれだろう。

 

SNSという道具は魔物だ。使い方しだいで気分を悪くするものから、良くするものに変化する。魔物との付き合い方は、慎重にいきたいものだ。